病院紹介
理事長挨拶

タピックのミッション

          医療法人タピック 理事長 宮里好一



理事長

 タピックは、大学病院にいた一人の医師の決意から生まれました。1989年12月2日です。沖縄島の北、ある病院が閉鎖された後に名護の街で起きた一人の母親の不幸に突き動かされたためでした。「地域の願いに応えてどうにか病院を再生したい」という思いと「新しい医療を創造したい」という考えが重なって歩み始めました。
 20年後、再びある出会いがタピックを進化させました。生きがいを失った高齢女性のうつ状態が社会や文化の世界に視野を広げたのです。こころの医療から総合的な人間の回復・リハビリテーションへ、そして医療から生活と文化の世界との融合へ。そして、今、観光やまちづくりを通して、沖縄・日本だけでなく、希望と困難が交錯しながら大きく変わりつつあるアジアの人々や世界の国々へ貢献することがタピックの行く「再生と創造の道」であることがわかったのです。
 拡大・発展したタピックグループの原点は医療です。苦しむ人に手を差し伸べる仕事です。そのことで生きがいを感じる仲間が集まりました。だからいろいろの出会いに恵まれ、人や仕事の内容が増え、@「笑顔をみたい、幸せをともにしたい」という気持ちが高まってきたのです。それが私たち一人ひとりの生きる意味、幸せでもあるのです。その働く場は、「港のあるタピック村」なのです。
 タピックのミッションは、A「人と社会を大切にする」、B「そのためには、常に学び、進化し続ける」というふたつの言葉を加えた3つです。


港のあるタピック村とは?
1989年に創業し、もうすぐ30周年になるタピック。 医療施設や文化・スポーツ施設、そして観光施設と事業内容を広げていったタピック。
千人を超える従業員。たくさんの人と施設をひとつのことばで表したのが、“港のあるタピック村”です。
屋我地と知念に海、船着き場のあるタピック。
港は、海によって世界につながり、船が帰り着くところ。
世界の宝に出会えたときにも、傷ついたときにも、
帰ってきたら皆で喜びを分かち合い、苦しさを癒せるところなのです。
調理をしたり、看護をしたり、お客様を笑顔でお世話したり、
いろんなことをする千人の仲間を村民としたら、“港のあるタピック村”になったのです。
そんな“タピック村”を創るために、私たちは集まるのです。


平成30年10月

戻る




沖縄県沖縄市比屋根2-15-1   TEL:098-982-1777(代表)
http://www.tapic-reha.or.jp/   (c) 医療法人タピック 沖縄リハビリテーションセンター病院